嫌いの意味と:嫌いな<モノ・人>は嫌いなままにしておく大切さ。

こんばんは。高見です^ ^

本日もお読みくださりありがとうございます。

      

         

年々、いろんなことが許せるようにはなってきたのですが、それとは別で「好き」と「嫌い」が人やモノに対して年々濃くなってきたんですよね。

 ちょと不思議ですよね。

「許せるようになったのに」「嫌いが濃くなる」なんて(笑)

      

それに、例えば「嫌いな人」の中には、どこか自分のほしいモノを持っていたり。やりたいことをしていたり。だから、「嫌い」になることはいけないことだとも思っていたんです。

                

※「嫌い」という字も、「女と兼」が合わさった字。心が2つのことにまたがって安らかでない意味を表します。   

       

       

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ただ、もっと別の何かがあるんじゃないか?とも、思っていて。 

なんだろうって、嫌いな人を想いながら考えてたら(笑)

「嫌い」になる人って、じぶんの大事にしている<信念や心の領域>を壊す人なんだなって気づいたんですよね。

         

            

だから、結論として「嫌い」はきらいのままでいいんだって。

じゃないと「じぶんらしさ」も守れないから

            

         

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だからと言って、嫌いなモノや人を公にするには、センスがいります。

一歩間違えば「いじめ」になるのです。

     

           

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さらに気づいたことは     

わたしは、「悪口」と言うモノをあんまり言わない(嫌なことは嫌と直接言うのもあるんですけど・・・)のは、ホントに嫌いだと、じぶんの心の中でスパスパ切ってナイモノにしているんだってこと。

                

「悪口」を言える人以上に、恐ろしいんじゃないかと…(笑)

だから、その分、キレイなコトを見て・言葉に出来るようにしたいと思う部分もあるのかもしれません。

そして、じぶんが出来ない「悪口」を、おもしろおかしく言えちゃう人をどこか「好き」になるんだろうし。それは、どこか、じぶんの冷酷さを緩和しているのかもしれません。

        

        

       

         

あなたの愛する人生でありますように。


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●天職に気づける人は、じぶんの変えられない部分に気づけた人。

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